【札幌の史跡】琴似屯田兵村兵屋跡

琴似屯田兵村兵屋跡

記念すべき第1回目に取り上げるのは「琴似屯田兵村兵屋跡」です。

琴似屯田兵村兵屋跡/Photo by  札幌市HPより引用

いきなり、「屯田兵」とか「兵屋」と言われても、何のことだかわかりにくいですので、ごく大雑把について語ると、

・1868年(慶応4年/明治元年)に、今までの蝦夷地から「北海道」と命名。

・とは言うものの、見渡す限り原生林などで人が住めるのか? そうだ、開拓をしよう! → 北海道の開拓を行う「開拓使」という官庁を設置。

・ロシアからの脅威もあるし、開拓も進める人材が必要だなぁ → じゃあ、どっちもやる「屯田兵」という職種を募集しよう。

このような形で北海道の開拓が始まりました。そして、札幌の開拓第1号が今回取り上げる「琴似屯田兵村兵屋跡」から始まります。

 

苦労続きの開拓

そんなこんなで始まりました札幌の開拓ですが、勿論そんな簡単には進みませんでした。

まず、何と言っても雪と寒さです。今でも寒さが強いと言われている北海道ですが、当時の家屋では尚一層寒さが辛く、その為、死者も非常に多数出しています。

そして、何と言っても寒さ以上に開拓を行った人々に恐怖を与えたのは、エゾヒグマです。エゾヒグマは雑食性の猛獣であり、本州のツキノワグマ以上の巨体を持っています。

今でも北海道では、ヒグマが街中に出たことでニュースになりますが、開拓当時は今以上にその恐怖は大きかったと言われています。

また、「屯田兵」は募集と前述しましたが、実体的には明治政府と江戸幕府が争った戊辰戦争で敗れた江戸幕府側の士族等の生活救済策の面が強く、実際には「屯田兵になる以外に方法が無い」という人々がいたこともありました。

諦めずに続ける

しかし、それでも屯田兵として集まった人々は開拓を諦めずに、少しずつではありますが、札幌の開拓は続きました。

寒さや獣害などにめげることなく、開拓は続き、1904年(明治37年)に屯田兵の制度が終わるまで、粘り強く続けられました。

また、開拓だけではなく西南戦争や、日清戦争、日露戦争などにも参加し、非常に勇戦したと言われています。

非常にこじんまりとした施設ではありますが、そんな当時の人々の苦労の息吹を感じられる「琴似屯田兵村兵屋跡」に是非訪れて頂ければと思います。

琴似屯田兵村兵屋跡の見学情報

見学時間 9時00分から16時00分
休館日 年末年始(12月29日から1月3日)
入館料 無料
駐車場 専用駐車場有り

 

<アクセス>
札幌市西区琴似2条5丁目1-12  最寄り駅:地下鉄東西線「琴似」下車、徒歩2分

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